見るからに清潔そうだった真っ白いシーツが、

一瞬でぐちゃぐちゃになった上にすこしづつわたしの血液でじわじわと真っ赤に染まっていく。


熱い塊がわたしの中心を無理矢理にこじ開けて貫いたので、脳に激痛の信号が走って思わず
背に回した指に必要以上の力が篭る。「ひあ、んッ、ぁあっ」ワインレッドの長い爪が彼の背中を僅かに
引き裂くようなえぐってしまったような感触がしたけれど、彼自身は別段それを気にした様子も
無くわたしの中の最奥までそれを一気に突き刺して抜いて突き刺して抜いて、一心不乱に腰を振った。

湿り気を含んだ独特の空気。水音。恍惚の表情。赤らんだ頬。熱い吐息。潤んだ瞳。大好きな彼。
わたしのかんがえるしあわせの要素。
これがすべてそろうと”しあわせ”という状態に当て嵌まるのではないかと、わたしはいつも
かんがえた。では、いまのわたしの状態は”しあわせ”ということになる、のだろうか。
でも、なにかが、違う。何かが。”しあわせ”とは、もっとこう、心が満たされるというか、
こころがあたたかくなるというか、それはまるで、可愛くて大好物のあまい砂糖菓子を口に
含んだときのほっこりした気持ちに、どこか近いもののような気がする。けれど、それと
比べて今の自分の気持ち、はどうなのだろう。確かに、今まさに”しあわせの要素”が揃っ
た状況ではあるわけだけれど、でも、胸のどまんなかに何かおおきな空洞が出来て、そこを
目掛けて冷たい真冬の北風が激しく吹き込むような、頑丈な太い縄がわたしの胸部を雁字搦
めに締め上げるような、足が付かないくらいの深さの大きな広い海に急にぽんと投げ出され
たような、そんなとめどない無性の虚しさと哀しさがごちゃまぜになったみたいなすごく不
安な気分に襲われている。おかしい。なにかが、おかしい、そんな気がした。

自分の腹の上で踊るように忙しなく動く蜂蜜色のふわふわの髪と、それに合わせて鳴き声みたいな
甲高い、雌としての喘ぎ声をあげる自分と雄としての彼をどこか他人事のようにみつめながら、思った。







(【









遮光でないカーテンからたくさんの眩しい朝の日差しが注ぎ込まれているのを瞼の裏で感じ
て、わたしはようやく目をさました。そんな日曜日の午前9時。

まだ意識がぼうっとして虚ろな状態のまま、眼球だけをのろのろと右へ左へ動かして部屋の
中の様子を探る。
白い天井、花柄の青いカーテン、茶色のタンス、薄桃のクローゼット、丁寧に緑のハンガーに
掛かったままのわたしの鼠色のスーツ。どれもが昨晩と何も変わることなくそこに在った。
でもひとつだけ違う事があることにわたしはすぐに気付いた。
時間が流れて日付が変わって太陽がのぼったことで朝の日が存分に差し込んで、部屋の室温が
とても暖かになっていることと、窓の外のベランダの淵のかどっこで寄り添って羽を休め
て、仲良さげに小さく鳴いている2羽の雀を除いて、昨夜と違うことがひとつだけあった。
こういう言い方をするとすこし、いや大分、ややこしく伝わりづらいかもしれないが。
わたしの部屋には、わたしひとりしかいなくなっていたのだ。
昨晩には確かにこの部屋で夜を共に・・・、というか、まあ平たく言ってしまうと、セック
スをした人物が確かにここに居たのに。そしてやはりその証拠として彼が絶頂に達した際に
出したであろう彼の精液の痕跡がしっかりとシーツにこびりついて残ったままになっていた
。けれど、肝心のあの人の姿は、わたしのこの部屋から忽然と姿を消していた。
きっと彼は、わたしが目覚めるのを待たず挨拶もせず書置きもせずに、黙ってさっさと部屋
を出ていってしまったのだろうな、と、ぼんやりした頭のままそう推理した。いつものように。
もう慣れたので流石に驚きはしなくなっていた。

ぼさぼさに乱れきって寝癖が付き放題の長い栗色の自分の髪をそのままに、少し鈍く痛む腰
を抑えて、だるい上半身をゆっくりと起こす。未だに一糸纏わぬ姿のままでベッド上に放置
されていた自分の状況を悟ると苦笑した。
やっぱり、私はあの子の代わりなのだ。再認識して、誰もいないのにこっそりふうと溜息を
ついた。それを望んだのは他ならぬわたし本人の意思だというのに。
今更何を考える必要があるの。

立ち上がって、ベッド下の、掃除があまり行き届いていなくて埃っぽいフローリングの床に
散乱した自分のブラとパンツを拾って身につける。
そしてベッド横のタンスの前にある大きなミラーに写った、小柄で華奢で眉が割と細い、今
年で19歳を迎えるだらしない下着姿の女を見て、ふと思った。


ああ、今日は仕事が休みの日だ。





『黒の長袖と白いミニスカート。
今からこの格好でちょっと出掛けようかと思う、んだけどさ』

・・・・・と、毎朝恒例の牛乳(カルシウムが沢山凝縮されているらしい。よく分からない
が美味しい)一杯をちびちびごくごくと飲みながら、今日は暇で暇で仕様が無い(ちなみに
本人談)というハルちゃんに、そんな内容の相談?メールを打ってみる。

わたしはなぜだか生まれ付き、人と比べて女の子らしい格好をするセンスが全く持って皆無に
等しいやつ(友人談)だ。例えば、家では常に高校時代のジャージか下着姿、とか。なので、
たまにこうして出かける前にハルちゃんや京子ちゃんに指示を煽ってみることにしている。そ
してそんな彼女達はさすがというか、女の子らしいセンスや流行にとても卓越とした部分があ
る。きっとコーディネートの腕は、TVで有名なあのドン・小西とやらよりも優れているんじ
ゃないかと最近わたしは割と本気で疑うようになってきた。・・・・そうだ、もしも彼よりも
ハルちゃんや京子ちゃんのほうが凄い腕をしていたとしたら、彼女達はドン・小西よりも有名
な芸能人になって将来すごく豪華で大きなお家に住んだりすようになるんだろうか。だとした
らわたしは今のうちに二人にサインを沢山強請っていたほうがいいのか。だって有名になって
しまえば、只のサインを強請るだけでも難しくなるだろうし。でもそんなことを急に言ったり
なんてしたら二人は絶対わたしのことを、急にわけのわからないことを言い出した頭のおかし
な奇怪な友人だと思うだろう。あ、それはちょっと嫌だなあ。
そんな馬鹿馬鹿しいことを延々と考え込みながら、空色模様のマグカップに半分残ったま
まだったまっしろい飲み物をぐいっと一気に喉に流し込む。ひやりとした感覚が喉を通るのを
感じて、もう夏間近になってきた今日この頃にとってはとても心地良く爽快だ。と思った。

3分もしないうちに、メールの返信は来た。
彼女はメールを打つのがとても早い。わたしなんて、携帯を携帯し無さ過ぎて、気付くのすら数
時間掛かることだってあるのに。こういう面を見ても、やはりわたしよりもハルちゃんのほうが
女の子らしいとしみじみ思う(だってこの年頃の女が携帯を放置し過ぎるとは何事だ)。
自分に呆れながらメールを開く。その内容は。

『はひー!?ホワイトのミニスカはともかく、何でまだ長袖なんですか?!しかもブラックって!
確かにちゃんには似合いそうな色ですけど、でも流石にちょっと暑苦しいと思います、もっと
可愛く涼しい格好しましょうよ!』

・・・ごもっともです、ハルちゃん。
右手に持ったままの素朴な白の携帯のキズだらけの画面を見ながら、ひとりうんうんと頷く。本当
にごもっともだと思う。うん。
でも、年中ジャージか下着姿で家にいるようなわたしでもさすがに一応それくらいは気付いていた。
もう夏だというのに、こんな格好じゃ流石に暑いだろう、なんてことは。
だけれど。

『でも、うちの今のクローゼットには可愛くて涼しい夏服が無いのよ』

そう、わたしの家のクローゼットには冬服しか入って無い。右を見ても左を見ても勿論真ん中を見て
も、ぶ厚い灰色のコートや黒のカーディガンやその他諸々ばかり。その中でもこれは一番涼しいものを
選んだつもりなのだけど、まだこれでもやはり暑そうな気がする。今度買いに行かなくちゃいけないな。

『え、どうして無いんですか?去年までのは?』
『去年までのは、実家に置いてきたままなの。ほら、わたしって今年の3月に一人暮らし始めたで
しょう、それでそのとき冬服しか持って来てなかったみたいで』
『はひ、忘れて来ちゃったんですか』
『ていうか、面倒だったから普通に実家に置き去りにしてきた、みたいな』
『もう、ちゃんったら相変わらず面倒がりさんなんですから!今年必要になることぐらい考え
ましょうよ!・・じゃあ、今から可愛いお洋服を、ふたりで一緒に買いに行きませんか?』

うん、とキーを打ち掛けて、急いでクリアキーで文字を消す。長い爪が邪魔をして上手くボタンが
押せない。そういえばここ最近ずっと放置しっ放しだったので大概伸びに伸びてしまっている。
そろそろ切り揃えるべきかも知れない。爪切りは何処に直したっけか。ああ、タンスの上か。

わたしも本当はこれからハルちゃんと一緒に買い物に興じたい気持ちで一杯だったけれど、今日は
11時から予定があったことを思い出した。
断りの文章を考えて打ち込む。 何だか少し申し訳ない気分になった。

『うーん、今からは、ちょっとね。ごめん。約束してたの、人と会う約束』
『あ、そうなんですか?残念! それなら、いつがお仕事明いてます?』
『来週の金曜が午後から明いてる、と思う(多分)』
『わかりました! ではその日にまた連絡しますねっ では、行ってらっしゃい!』
『うん、ごめんねーありがとう!』

よし、来週の金曜の午後は、絶対に何が何でも上司から休みをもぎ取ってやろう。先週は休暇無しに馬車馬の如く
働かさせらていたんだし、文句なんて言わせないんだから。

わたしは心にそんな固い決意をして、携帯をぱたんと閉じて、キッチンから寝室のクローゼットへ向かった。


>>(準備中)