夏の暑苦しい日差しが焼き付きそうなほどわたしの体全体をしつこく照らすある日の午後のこと。
わたしは、昼休みの屋上に寝っ転がって、世界の存在意義について、何となく漠然と気になってしまった。
なので世界の存在意義、世界は何の為に存在するのか、世界は何故存在するのか。はたまたどうやって生れたのか。それをテーマにして今までの自分の人生を過ごしてきたなかで最も頭を使ったのではないだろうか思ってしまうくらいに無駄にやたらとうんうん唸りながら必死にぐるぐるぐるぐる考え込んでみることにした。特に意味は無い。得することも無い。只気になっただけ。それでも一生懸命、一生分くらい考えてみた。けれど、しょせん毎学期の通知表の結果がアヒルさんのオンパレードという大惨劇、教師から生徒へのコメント欄に「もっと粘り強く自分を磨く努力をしましょう貴女は諦めが早過ぎますとりあえず試験での点数をもう少し取れるように勉学に励みましょうね」的な意味合いを含む内容の文章が書かれた通知表を小学生の頃から今現在の並盛中学校2年A組の今年に至るまでずっと担任教師に苦笑いされながら渡されること多数でしかも親も叱るどころかもうそろそろ諦めの零地点突破に達し遂にはその状況に慣れ最終的には「、どうせあんたまたいつもの結果なんでしょ?見なくても分かるからわざわざ持って来なくていいわよーほらこれ印鑑貸すから保護者の欄のところ適当に押しときなさい」と冷たく言われてしまう始末になるほど頭の悪いわたしにそんな誰もが辿り着けていないような大規模でとても難しい問題の答え等が当然分かる筈も無く、さっさと五秒で諦めた。・・・早いとか言わない、これがわたしの脳の限界だったのだよと誰に言い訳するでも無く一人呟くと、何だか自分が益々バカな気がしてちょっと恥ずかしかった。ひとりで良かったと心底思った。
じゃあ次はこれだ、自分の存在意義について。わたしは、どうしてこの世界に生れ落ちて何の為に誰の為に今こうして存在しているのか。あ、これもこれで哲学的過ぎる気がしてわたしにとっては難しい問題かもしれない。だって今までそんな事、深く考えたことなんて無かった。 そういえば、わたしは何の為に生きているんだろう?わたしは、周囲の大事な、親とか友達とか恋人とか、そういう人達を傷付けたり悲しませたり苦労掛けたり心配掛けさせてばっかりいるだけで、何にも、みんなの為に何か、良いこととか喜ぶこととか全然、出来ていない気がする。ていうか多分、確実に出来てない。あああ、ほんと、何でわたし生きてんの?無駄じゃん、色々と無駄じゃん。周りに迷惑とか心労とか、そういう負担ばっかり掛けてるし、それだけじゃなくてなんか、世界規模でも無駄ばっかしてる。たとえば、夏場なんて部屋のエアコンの冷房とかガンガン効かせるし、友達と夜中長電話するし、冷蔵庫を何回も頻繁に開けるし、学校で配られた行事表なんて折り紙にして遊んじゃうし、そういう面で地球の温暖化とかなんかそういうの、にも拍車掛けて、なんかもう、ほんと無駄だと思う、わたしの存在って。こんなわたしの存在理由なんて、何なんだろうとか考える以前に、あるんだろうか、そんなもの。自分で自分がよくわかんない。ていうかそもそも、わたしって何者なんだ。いや、私の名前がだってことは勿論ちゃんと分かってるんだけど、そういうことじゃなくて。なんていうか。ああ、これが、アイデンティティーの崩壊?とかいうやつか。青年期には必ず誰もがつきあたるという、自我同一性とやらに迷っているのかわたしは。あれっでもわたしってまだ思春期・・・だよね?中学生だし。迷うの早くない?どれだけ早熟なんだ。あああもう本気で自分がわからん。余裕で五秒以上もそういう難しい物事について考えてしまったせい、なんだろうか。こんがらがって、何が何だかほんとうに訳が分からなくなった。「・・・むくろぉ、」うわ、出た。頭が悪そうな声。困ったときの骸呼び。今頃、きっと骸は委員会活動のほうに出ているのに。この声は絶対に骸に聴こえるわけがないのに、それでもわたしは困ったときはいつも骸を呼ぶ、悪い癖がある。無意味でも無駄でも、何故かいつもわたしのくちからは骸の名前がついて出てくる。はっきり言って我ながらちょっと、いや大分馬鹿だなあ、とは思う。それに彼に依存し過ぎだとも思う。でも、骸は、わたしの問いにいつも答えをくれるから、声に、ちゃんと応えてくれるから、わたしはいつもそれに甘えて、どうしても骸を頼りにしてしまう。すっごい、重たいやつだなあ、わたし。自分で自分にちょっと引く。 もし、もしも、いつか、骸に捨てられてしまったとしたら、わたしは、どうしようかな。というかどうなるんだろう。自殺とか、普通に考えそうな気もするな。だって、わたしは。
・・・・・・・・あ、そっか、
「?」
今、一番聴きたいと思っていた声が、唐突に耳に入って来たので、慌てて上半身を起こして、背後の、屋上の扉付近を急いで振り返った。そこには、やっぱり、今一番会いたい人が居て、「ああ、こんなところに居たんですか、探しましたよ」と言って優しく笑った。その微笑みが妙に懐かしい気がして軽く涙ぐむと、骸がそれに逸早く気付いて走り寄ってきて、すとんと隣に座った。どうかしたんですか、なんて言ってゆるく頭を撫でてくれる手つきがやっぱり優しくて、本当に何でもないのに、ただちょっと涙が出ただけなのに、「何でもないよ」とはなぜか直ぐには言えなかった。
「何となく、委員会、途中で抜け出してきちゃいました ちょうど退屈でしたし」
そう言って子供みたいに無邪気に笑ったので、わたしのほうが逆に心配になって「何となく、ってそんなこと!あとが、面倒になったりするんじゃない?」と訊くと、
「でも僕は、『樺根』は、信頼の厚い人物ですから、これくらい大丈夫ですよ」と言って、また子供みたいに無邪気に笑った。
「それにね、君に、に、呼ばれたような気がしたんです」
どうしてでしょう、テレパシーみたいで不思議ですね、なんてのほほんと笑う骸の前髪が急に風に揺られて青いほうの瞳の瞼の上に掛かったので、わたしは思わず横に整え直してあげてみた。そしてふと股を開きすぎてしまっている自分の足の体勢に気が付いて急いで組み直した。やばい、もしかしてスカートの中身骸に見られてたかな、とは思ったけれど、(骸相手だから別にいいか)と、自己完結することにした。
「ねえ、骸 いまさっきね、わたし、世界はどうして存在するのかどうかとか、自分の存在理由とか、について考えてたりしたんだよ」
「おや、にしては珍しく難解な問題について思案していたんですね さては明日の天気は雨ですか」
骸のその軽口に何だかすこしムッとしたけれど、わたしはそれを華麗に無視してまた言葉を紡ごうと口を開く。唇が乾燥してかさかさする。そういえば、今日はずっと水分を摂っていない。あとで一階の自販機にコーラを買いに行こう。
「骸はさ、どうして世界や、自分がいまここに、存在してるんだって、思う?」
言うと、骸は一瞬、面食らったみたいなビックリした顔をして、またその一瞬後にはすぐに何かを考えるような顔をした。「世界と僕の存在理由、か そうですねえ・・・」独り言みたいな呟きをぽつり言いながら。
そして暫くして、骸はまた、子供みたいな、でも大人みたいな骸独特の優しい笑顔を浮かべて、ゆっくりこう言った。
「きっと、世界や僕がいまここに存在できているのは、君と、と出会えてこうして他愛も無い話が出来ているからでしょうか」
妙に自信に満ちた顔だった。
わたしがいてあなたがいて 世界はまわる!
「すごい、わたしもね、さっきおんなじこと思ったんだよ なんかすごいよね」
「世界も僕も、君がいないと存在し得ない気がするんですよ ああ、勿論僕もね 二人が揃わないと意味が無い」
「あはは、そんなクサいこと言わないでよ」
あー、やっぱり、わたしはこのひとが好きだ。
なんて今更思った。
(070901)