「雲雀さんって、髪が長くておしとやかな女のひとが好きなんですか?」
「は?」
ぴたり。そう、ぴたり。そんな擬音がしっくりくるような動きの止め方をした雲雀さんは、唐突にこんな質問をしたわたしのほうにじとりと怪訝そうな視線を送った。
片手には白い紙を一枚持って(きっとあの紙はお仕事の書類かなにかだろう・・・多分)、もう片方には、無糖コーヒーの入った、桃色のサクラ柄のマグカップを持っていた。ついさっき、草壁さんが淹れていったものだ。香ばしい珈琲のかおりが、応接室内にしずかに広がっていったので、あまり珈琲が飲めないわたしでさえ、おいしそうだなぁ、とかひとくち飲みたいな、だなんて思った。草壁さんの淹れてくれる紅茶は、いつもいつもとても美味しいことをわたしは知っているからだ。
ここだけの話、今度草壁さんに、上手な淹れ方をこっそり訊いてみたいと思う。そしたら早速、1番に雲雀さんに飲ませてあげるんだ。まずい、ってつっかえされちゃいそうだけれど。
「・・・・・・どっから聞いたの、そんなこと」
「うちのクラスメイトたちがですね、言ってたのをちょいと小耳に挟んだんですよ」
「へえ」
「ひばりさんは、長い綺麗な黒髪でおしとやかな、和服美人がお好きだ、って」
「ばかばかしい」
そう言って、コーヒーカップにくちびるを引っ付けて書類のほうに視線を戻してしまった。カサ、と紙が擦れる音がする。
わたしはわたしで、さっきから手に持ったまんまのでかいメロンパンに大胆にかぶりついた。昼食再開だ。口のなかで広がる、しつこいほどの砂糖の味にげんなりしながら、自分の座っているソファの前の小さい台に置いてある、緑茶のペットボトルを手に取った。中身はあと三分の一くらいしか残っていない。キャップがなかなか開かなくて一生懸命になっていると、正面のソファでその様子を見ていた雲雀さんにちょっとだけ笑われた。
「それで、結局、どうなんですか?」
「なにが」
「さっきの話です」
さっきのはなし? 微妙に首を傾げる雲雀さんに、この人はもう・・・ほんと、どこまで人の話を聞いちゃいないんだ。それとも、物事を全て3秒で忘れてしまうという特技、もしくは重度の記憶障害にでも陥っているんだろうか。とか何とか、決して口に出しては言えないことを思った。言ったら、確実に咬み殺される。と思う。ので心の底だけで留めておくことにする。
とりあえず思い出して貰うのを諦めて、ほら、和服美人が好みだー、って話ですよ!とわたしが説明したら、あぁ、と漸く理解したように頷いた。
「まあ別に、嫌いじゃあないな」
「そう、ですか」
「・・・・・・? なにを落ち込んでんの」
「いえ、別に・・・」
ああそうか、うん。そうだよね。そりゃそうだろうね、うん・・・。大体の返答の予想は出来てはいたんですよ、・・・いたけどさ。でもさ、こう・・・・・・あぁああ、こうして現実と向き合うのはちょっとつらいなあ、と思う。神経が図太いことで定評のあるわたしですら、ちょっとは、傷付く。
・・・やっぱりあの噂はほんとうだった、んだろうか。まだその真偽は、確かめてはいないけど・・・うううもうこの時点ですでに明白になっているような気がする。しょせんわたしなんかじゃ、むりだったってことか。(そりゃそうだよな、わたしなんぞが)(夢見すぎってか!ちくしょうめ)
そんな風に、目の前でメロンパン片手に急激に落ち込んで暗いオーラを放出しはじめる怪しい女(イコールわたしだ)を、基本的に全ての物事に無関心を装うことで定評(?)がある雲雀さんですら、気にしてくれたのかどうなのかはわからないけれど、心配そうな瞳で、こっちをじっと見つめてくれた。
・・・いや、すごく正確にいえば(というかよく見れば)、冒頭と同じような目つきでわたしのほうを、じとり、とにらみつけた。元から涼やかでするどい目つきを更に上へつりあげ、手元の書類からもわざわざまた視線をはずして。「・・・ねえ、ほんと、なに?何で勝手に落ち込んでんの、うざいんだけど」あ、気になったというよりかは、普通にイラつかせてしまった御様子らしい。ご、ごめんなさい、雲雀さん。大したことじゃ、ないんです。ほんと、勘違いやろうなわたくしめが悪いんです。
「・・・雲雀さん、2年B組の、斉藤さんって、知ってますか?」
「・・・・・・さいとう?・・・ああ、この学校の生活委員長?だっけ。それがどうしたの」
ほら、やっぱり知ってるんですね。斉藤さん。あの人気絶頂!今をときめくアイドル!・・・みたいなキャッチコピーがつきそうなほど可愛くて優しくて綺麗で品があって人気もある、斉藤さん。実はこの間本人にお願いしてメアド交換しちゃったばっかですよわたしったら。なんてこと、恋のライバルとお友達になりたかっただなんて。さりげにバカか自分。あああもう、さようならわたしの恋。ふぉーえばー片想い。「ちゃんって、思ってたよりも元気一杯でかわいいこなんだねっ」そんな貴女のほうがかわいいよこのやろう!!とか思ってるヒマなかった。
なんか・・・ここまで来たら、言いたいこと全部言っちゃいたい気分に、なる気がする。うんそうだ、きいてしまえわたし。どうせ、砕け散った恋なんだ。聞きたいこと、全部聞いてすっきり・・・・・・は、できないかもしれないけど、聞こう。そんで後で京子ちゃんたちに慰めてもらおう、うんそうしよう。・・・でも、ちょっとひといき入れて、からにしよう、かな。(ほんともう、自分のチキンさが情け無いな!)
緑茶の残りを、勢いよくぐいっと口に流し込む。ペットボトルの中の最後の一滴まで注ぎきったのを目の端で確認して、そしてその空っぽになった入れ物を、ソファ横の丸いバケツみたいなごみばこに投げ入れた。
ぽーん。ばこん! よし、ジャストミート!完璧なコントロールだ!
とかやってつい遊んでいたら目の前の雲雀さんのすべすべな眉間に思い切りシワがよった。う、うわ、ごめんなさい。取り繕うようにまたメロンパンにかじりついたら、口の中でホント、なんのいやがらせかと思うくらいの甘い味が広がりすぎてちょっとだけうぇってなった。買わなきゃよかったかもしれない、と思った。厄日か今日は。
「そのひとのことを、雲雀さんはお好きらしい、ってうわさを聞いたんですけど、本当ですか」
「は?」
・・・あぁ、聞いちゃった。これでもう、わたしの失恋は確j「なに言ってんの」・・・・・・あれ?
「誰が何処でそんな事を言ったってのさ」
「大体、僕のそういう話が外部に漏れるって事自体が可笑しいだろ。だってこの事は草壁にしか教えてないんだ。あいつが命を捨ててまで、態々赤の他人にそんな事をむざむざ話すと思う?」
「・・・え?(え、話が見えない、んですけど)」
「僕が、話したこともない女を、更に言えば、いくら顔が良かろうと群れまくってるような女のことを、すきになんかなるとでも思ってるのきみは」
「え、え、でも・・・この間の特別授業の、どっかの着物着付け教室から来た講師さんに、体育館にてみんなの前で斉藤さんが着付けてもらってるの、じぃーと見てましたよね、雲雀さん。あれてっきりわたし、そういうことなのかと、」
「なにそれみてないよ。その斜め上に飾ってある校歌の歌詞ながめてただけだよ僕は」
「・・・(ああそうですか)」
「それに」
「?」
「どうでもいいと思ってる人間を、毎回毎回、昼休みにこの部屋に入れてあげたりなんかしない」
「・・・・・・・・!!!?」
「・・・ホントにぶいよね。バカ」
うわ、うわ、うわあああ・・・・・・。え、な、なに。なんなんだ、このラブコメみたいな展開は。わたし、今まで生きてきたなかで、こんなびっくり仰天ないい出来事、一回たりとも起きたことないよ。今日だってそう、朝は遅刻すれすれだったからおおいそぎで走ったせいで学校の正門の3メートル前くらいで盛大に転んでヒザすっちゃって血でたし、保健室行きゃ治療ついでに中年オヤジにセクハラされるし、一日の一番の楽しみの昼食なんか無駄に甘くてとても食べれない味のメロンパンだったし、ろくなことなかったよ。しかも、今の状況、まだ何だか夢心地でなにがなんだかわかってないけど、でも、
「ひばりさん、言っておきますけどね、」
「うん」
「わたし、顔は可愛くもなんともないし、性格もクイーン・オブ・ネガティブみたいなかんじだし、ほんといいとこないんですよ」
「うん、知ってるよ。」
「!!(ガーン)」
「でも、そんなだからこそ、僕は選ぶよ」
ちょっと泣きそうになって、うつむいた。ふわりとしたコーヒーのほろ苦い香りと、メロンパンの甘い砂糖のにおいがまざって、ほどよい加減になった。チャイムの音がとおくで聴こえた。気がした。
「なんで泣くの 失礼なやつだね」言いながらもいつの間にかやさしい顔だった。
うん。わたし、こんなしあわせになっちゃって、いいのかな。
(ふしあわせのあとにはしあわせがくるよ。って、信じてる。)
(お題配布サイトUns.さま 叫びたくなる10題より)