なあ



オレ、言ったよな。






この間の授業と宿題に出た、裏表印刷の数学プリント3枚と英語プリント2枚と理科プリント4枚と、更にわざわざこのオレ様が直々に考えて作ってやった英語と数学と理科と社会の問題5問ずつ書かれたプリント4枚全部を解いておけって言ったよな。
それとコレ全部、18時までには解いておけって言ったよな。でさ、今、何時何分だか分かってるか?18時15分なんだけど。もう15分も過ぎてんだけど。もうタイムリミット普通にオーバーしてんだけど。
それなのになんだこれは。ああ?数学の裏表印刷プリントしか終わってねーじゃねぇかどういうことだよおいコラ。理論的にキッチリハッキリまるっとすらっと説明してみろよこれ。
ほんと放課後が始まってから何してたんだよお前。あれか、メールか。メールでもしてたのか。ちょっと携帯いじって遊んでて進みが遅くなりましたーってのか。はっ、そんなんしてる暇あったらさっさと問題の一問でも解く為の努力してみろよこの野郎。分からなかったら分からなかったで教科書見て調べるとかオレに聞くとかさ色々あるだろーが。努力をしろ努力を。
ったく、オレがちょっと10代目を御自宅付近までお見送りに行ってた間になーにを余裕かましてサボってやがったんだこのバカ。真面目にやれよこの野郎。
それに大体、そもそも今日の放課後は10代目をゆっくりお見送りすることが出来なくて、仕方なくさっき失礼ながら少々急かしてお帰ししてしまうという失態を犯しちまったのはお前のせいなんだぞそこんとこよく分かってんのかよ。ほんとにちゃんとそこんとこ理解してんのか、このスカスカ脳みそめ。某漫画のハ○太郎ことロコちゃんのペットのハムスターとその他大勢が泣いて喜んで飛びつきそうな、あのネズミたちのエサでお馴染みでかの有名なひまわりの種程度の大きさの脳みそめ。ミニマム脳みそめ。キング、いや、クイーンオブおバカめ。おバカの国の女王め。
つか、お前が今朝『今のままじゃ来週の水曜からの期末テストがヤバいの!お願い、獄寺勉強教えてー!(すごく裏声)』って言ってきたから今こうしてこのオレが忙しい中、無い時間を割いて10代目のお見送りを急いでまでもわざわざ教えてやってるっつーのに。それなのに何だこの状態は。今まで本気で取り組んでたとはオレには到底思えないんですけど。
何かもう・・・ここまで来たらオレちょっとまるでお前に裏切られた気分っつーか飼い犬に手を噛まれた気分だよ。もうメンタル面がある意味『はひー!デストロイですー!(またまたすごく裏声)』だよ。めちゃめちゃカルチャーショックだよ。
・・って何を言ってんだオレ。意味分かんねえしオレ。お前のせいだ。うん、これきっとお前のせいだ。お前のバカさ加減が移ったんだ。感染だ感染。なんかもうアレじゃね?菌だよ。このおバカ!おバカ病原菌! お前のバカの原因の素、即ちバカ病原菌(?)がオレに感染して侵食してって更にはその菌がじわじわと俺の脳を蝕んでいったんだきっと!・・多分!・・恐らく!
・・・つーか今それはどうでもいいよなうん。ほんとオレ何言ってんだ、頭おっかしーんじゃねーのオレ!


・・・・・とにかく!ほらさっさとこれ全部終わらしやがれ!






そう一気にまくし立てると、私の右隣の席の机に、がたんっどかっ、という感じの擬音がすごくピッタリだと思えるくらいの大きな音を立ててながらそこ腰を降ろした獄寺隼人サマは、
「ほらさっさとやれよ」
と、普段以上に深く多く眉間に皺を寄せて、もう一度いつも以上に低い声で呻るように言った。



(き、きちくだ!生粋のSだ!ぜったいサディストだ!!)


・・と、わたしはこの目の前の、無駄に半端なく美形な、けれど今現在まさしく般若のようなとても恐ろしい表情をしている彼に対して、そんな失礼すぎることを、いまとても深く思ってしまった。


あ、い、いや、教わりたいって言い出したのは確かにわたし自身なんだけどさ・・。わざわざ時間割いてもらってほんとうに有難いな嬉しいな!ていうか夕方の放課後に教室にて男女二人きりで個人授業、ってなんか響き的にも雰囲気的にもなんだかすごくえろいかんじがするよね!怪しいよね危険だよね!官能的(?)だよね! ・・・とかって、すごく本気で思ってるけどさ(なんか最後らへんちょっと余計な言葉が混じった気もするけど気にしない)。
こんなこと思ってちゃ悪いってことくらい分かってるし、ちゃんと言われたとおりプリントとか全部終わらせられなかったわたしが悪いことも分かってるし、そして下手すればお空の上の神様からバチ当てられちゃうんじゃないかなあ・・とも、思ってるけどさ。
でもさ、それでも人に向かって病原菌とは何事ですか、って思うんだやっぱり。(しかもなんか途中トリックの仲間さん入ってるし)。
だって酷くないですか流石にその言いようはさ。しかもあれですよ、一応こいびと同士とかいう、そんな素敵な立場にいるんですよわたしたち。好きあって一緒にいる同士なんですよ一応。
それなのにそんな恋人に向かって・・・そんな、そんな病原菌だなんて。感染だなんて。 キング・・いや、クイーンオブおバカなんて。
何かもうそれ普通に苛めの一環じゃないか。立派に苛めのときなんかに使うような文句じゃないかそれって。嫌いなやつとかにめちゃ乱用してそうな文句じゃないかそれって。好きな子いじめとかでさえもそこまで言わんと思うぞ普通。多分。きっと。
ていうかこれもう説教っていうよりも普通の罵倒じゃんか罵倒の嵐じゃんかそれ特に後半。いくらハリケーン・ボム隼人(笑)だからって調子乗んないでよ獄寺、ってそんなわたしこそ調子乗ってるって言われそう、だけど!
つかほんとわたしこそちょっとカルチャーショックだよ色々。精神面が『はひー!デストロイですー!(1オクターブ上げ)』だよこれ。ていうか今思ったんだけどカルチャーショックって単語の使い方明らかに誤ってるよねわたしたち。確かカルチャーショックってあれだよね異文化に触れた驚きとかそういう、そんな感じの意味じゃなかったっけ。なんかもう用法用量を守ってお使い下さいどころの騒ぎじゃないよねっていうかわたしこそ何言ってんだろう。

というか、あいにくわたしはMではないから、そんな風にいくら罵倒されてもいまのわたしには興奮なんてとてもじゃないけど到底できないのよ獄寺分かってる?わたしは決してMじゃないのよ、Mっぽくみえるのかもしれないけど。現に友達みんなから「おまえは絶対Mだ!」とか常に言われたり、自分でもたまに「・・・わたしってば、なんかMっぽくないか?」なんて思ったりするけど、決してMじゃないのよ決して。多分。きっと。 でももしこれから先の未来、そんな生粋のSっぽいの獄寺に調教(!)されて、わたしが段々、徐々にMに進化(退化?)していくことはあるのかもしれないけど、そういう可能性が無きに等しいわけではないのかもしれないけど、ていうかぶっちゃけ大分あるのかもしれないけど、けれどやっぱり今のわたしでは興奮することはやっぱりとても無理そうなんだよね残念だけど。・・・いや、刺激が足りないだとかそういうわけじゃなくて、ね。

ということで、どうせ罵倒するならいまのわたしではなくてこの先の未来で立派にMに成長(そういえば成長の対義語ってなんだろう?)したころのわたしにしてちょうだいね。
・・・・・・って、あれ?そもそも、何の話してたんだ、っけか? 思考が脱線しすぎてわかんなくなってきた。なんか途中から色々間違ってた気もする。ああもうほんとにだめだわたしのあたま!このぽんこつ!ミニマム脳みそ!





とか、そういうことを一気に走馬灯の如く(あれ、なんかこれも使い方間違ってる気がする気のせいかな)考えていたら、
頭(ちなみに後頭部周辺)を、あのデカくて細長くて意外にもごつごつしてて男らしい獄寺の右手の5本の指に急に叩かれて(しかもちょっと バシン! って妙に派手な音がした)、しかもそれが結構痛くて、不覚にも目尻に涙が溜まってしまった。


っい、たああああああっ!!! (ちょ、え、ええ、なにすんの、こいつ!?)(すごいいてええ!!)


奴の人差し指と薬指の第二間接までしっかりと嵌めこまれている妙にごつくてでかくて禍々しい感じの髑髏の指輪とよくわかんない丸っこくて中々綺麗なデザインのシルバーの指輪が、わたしの後頭部のど真ん中にちょうどよくきれいにクリーンヒットした。
そして本来の獄寺の指から放たれる怪力にさらに指輪の硬度によって受けるダメージが加わったことで、総合的にわたしの頭へと受けるダメージは飛躍的に飛び上がってわたしの頭の中の脳味噌をひどく揺らした(要はとても痛かった)。
 「呆けた顔してないで、ちゃんと人のはなしを聞け。そしてさっさとプリントをやれ。」・・うるさい、よ、いまそれどころじゃな・・・・・はいごめんなさいちゃんとやります獄寺様、だからあの、はい、そんな般若みたいな顔して今一度わたしの脳天に拳を振り落とさんとするようなポーズはやめてくださいほんと勘弁してくださいマジこわいです。

ち、ちくしょう。きっとこれでいまさっきやっとの思いで理解した方程式の解き方とか因数分解のやり方とか、どれかひとつは絶対に抜け落ちたぞこれ。
つーかおまえがそうやっていちいち事あるごとにわたしを殴るから、その分どんどんどんどんどんどんどんどん、わたしのなかの知識とか記憶とか思い出とか経験とか、が、するする抜けてって、そしてわたしがより更にクイーンオブおバカへの退化の一途のみちのりを着実に辿ってってるんじゃないのかな。多分そうだよきっと。いや絶対。 ・・・なんて、まあそんな只の八つ当たりに過ぎないかもしれないことを言おうものなら、また殴られそうだからわたしは勿論そのことを言わないし言えない。だって今やっと獄寺のポーズが般若みたいな顔して拳を振り落とさんとするようなポーズから般若みたいな顔して拳を解いて腕組み足組みのポーズに変わったのに。また殴られたらたまらないもの。
・・・あれ、じゃあそれ顔は変わってないってことじゃんねそういえば。顔こわいまんまだよ。


とりあえず今は後頭部がとてもじんじんと痛んで、そのおかげで眼球に涙の膜がうっすらと張ってしまって、それの一部がいつぽろりと机に零れ落ちてしまうかがすこし心配になっていたりする。だって、だれかの前で涙を流すのは恥ずかしいからわたしはあまりすきじゃないから(多分だいたいみんなそうだと思うけど)。
すこし俯いて自分の右手で一生懸命に後頭部を撫でで痛みを緩和させようとしてみる。まだまだ痛みは引きそうにない。


「・・・む、無理だよー何気なく難しいもんこれ全部!ていうか私の頭じゃ絶対無理ー!」
「何言ってんだよこんくらい。俺なら30分もあれば楽々全部終わると思うぜ?」
「いやいやいやいや、それは獄寺が頭良すぎんだって。私は2時間じゃ全然無理なの!もう頭がパンクしてケムリが出ちゃうよ」

「・・・・お前、前半遊んでたくせに」


獄寺の正論すぎる御言葉を無視して、それにもう外まっくらだし!はやく帰りたいな!なんて、まるで子供のような我侭をぎゃーぎゃ喚いたら、
一拍置いてからすっごくわざとらしく「はぁーあっ」って感じに、思いっ切りすごく大きな大きな溜息をひとつ、つかれた。
そのときの獄寺の表情が『般若』から何だか『すこし寂しそうな獄寺隼人?』に一瞬だけ変わっって、わたしはすこしびっくりして呆気にとられた。え、な、なによ。
驚きで、目を数回しばたかせてみたらもう既に獄寺は般若の顔(といっても、先程よりも幾分和らいだ顔)に戻っていた。


「・・じゃあもうせめて、オレが作った問題くらいは終わらせろよな。他のプリントよりも断然レベル下げて作ってあっから、そんなに難しくはないはずだし」

たしか数学と英語と理科プリント9枚は再来週提出だったよな?じゃあそれはまた今度教えてやるから、今はほら、これをさっさとやれってば。じゃねぇとお前ひとりこの教室に残して、オレ先に帰っちまうぞ。

そんな風な妙に脅迫めいたことを言って、ずずいとわたしの目の前、というかほんとに目と鼻の先にプリントを差し出されたので、しぶしぶ私はそれを受け取る。
うう、やりますよ。やればいいんでしょう。ら、らいしゅうのテストの、為、だもの、ね!うん!・・・つーか今思ったんだけど、この、テストの為、って響きって、考えれば考えるほどにすごくやる気が出なくなってくのは何でなんだろう。 テストのためテストのため!って、思うたびに見る見る間にやる気がすり減るような気がするよ。あれだ、「〜をやらなきゃ!」って思うからなのかな。やらなきゃって思うこと自体がちょっとストレス、になっているとか。あ、それとも単に勉強嫌いか。 あー明らかにすんごく後者っぽい。で、でも、やらないわけにはいかないしなー獄寺超恐いし。全体的に。



まあ、仕方ないか!むずかしくても、これが今日最後のプリント(4枚もあるけど)(・・・)だし、とりあえずやらなきゃ!うん、やろう!よーしやったろうじゃないの、見てろよーごくでらはやと!はいまから本気だしちゃうんだから!びっくりするなよ!よっしゃさあこいどんとこいプリントメイドイン獄寺!(?)

・・・ ・・・って、あ、れ?(れ?)


ふと、ちょっと不思議に思うことがあって、思わず獄寺のしかめっ面をみる。「・・んだよ、どれかわかんねーのでもあったか?」

「ご、く、でら、ってさ、」
「あ?」

「勉強、教えるの、すごい上手いんだねえ!」

獄寺隼人様(・・・)が直々に作ってくださったという、すごく几帳面で意外と綺麗な字(!)で問題文が書き綴られた、私のちっこい両手に握られたこのプリントには、一問一問に対し、丁寧な解説やらヒントがきちんと付けられていた。まるで何かの教材みたいな、そんな細かさ。

「・・・そうか?」
「うん!すっごく分かり易いよ、このヒント!ずるずるって理解出来たもん!」
「(ずるずるって・・) そ、そうか。そりゃ良かった」
「この調子だと思ったより早く終わりそう! ありがとーね獄寺ー!」

えへへ! って笑いかけたら、獄寺は一瞬びっくりした顔をして眉間に更にすこし皺を寄せて、ばっとそっぽを向いた。(え、なんで!?)
そして、そうして笑いかけてから、ふと急に、思い出した。
今日の、獄寺の授業中の様子。

普段の授業中の獄寺はいつも、「つまんねーから」という理由で、先生の説明を全く聞きもせずに 教科書やらノートに無駄に大量に落書きしていたり、机に突っ伏して堂々と(教卓の真ん前の席なのに)爆睡していたり、先生の鋭い視線を物ともせずに携帯をずっとカチカチカチカチと弄っていたり、獄寺の近くの席に座っているツナ君にやたらとしつこく話し掛けていたり(ちなみにツナ君はいつも苦笑いしている)、またもや同じように机に突っ伏して爆睡してる山本君のおでこに油性マーカーで大きく”肉”とか書いたり鼻の下に妙なヒゲを書き足して悪戯して遊んだりしていることが多かったりと、すごく不真面目に過ごしていることが多い。と、いうか主にそう過ごしている。
けど、今日は。今日一日だけは。
何故か、今日は普段のそれらのどれとも当てはまらない様子だった。
一時間目の国語の授業の時間から、その様子は大分おかしかったのが目に見えて分かった。

なんと、そんな獄寺が、一生懸命にルーズリーフ数枚に何かを書いていたのだ。それも、すごく楽しそうに。でも、すごく真剣に考え込みながら。昼休みでさえ没頭して書いているみたいだった。
それは、遠くの私の席から見るに(わたしは獄寺の席から左側ふたつめの席だ)(微妙な遠さだ)、どうもいつもの無駄な落書き、ではないように見えた。
何か沢山の文字、文字、文字。たまに数式らしきものや図。いつもノートにでっかく描かれてあるような、エセアンパンマンやらエセミッキーやらエセキティとは全く種類の異なる、活字。や、数式。

そのルーズリーフが、この、プリントっぽい感じが、する。(これもルーズリーフだし)(あの時見た数式とかに似てる気するし)


「ね、獄寺」

「あ?」

「これ、もしかして、今日一日中、ずっと書いてたあの紙だったりする?」

「まあな、」

言いながら獄寺は何故かゆっくりと窓の外のほうに目をやった。わたしもそれに続いて何となく、窓の外に目をやる。何か気になるものでもあるんだろうか?と思って目を凝らしてみたけれど、これといって別段変わったものはなかったようにみえた。いつもの放課後と同じように、体育系の生徒達が楽しそうに各々の部活に従って走り回ったり、球技をしたり、様々に行動しているのがこの教室からみえる。
窓の外はまだ完全に真っ暗なわけではなくて、ほのかに照らされた運動場の鉄棒の鉄の部分が陽を反射してきらきら光った。空は暗くはなってきているけれど、青と赤が絶妙に混ざって、綺麗なグラデーションみたいな色に染まっていた。それをじーっと眺めていると妙に感傷的な気分になった。獄寺のほうに視線を戻すと、獄寺の顔はもう般若ではなくなっていて、普段の『獄寺隼人』の顔になっていた。横顔が夕日に当たって不思議な色に染まっている。
「・・・何 人の顔じーっと見てんだよ」ふいにあの細い目がぎろりとこっちを見た。わたしはそれにハッとして、急いで残りの3枚に取り掛かる。な、なんだこれ、なんかちょっと、ドキドキ、するよ!、とかいう雑念を、かぶりを振ることでどうにか振り切った。一生懸命、意識をプリントに集中する。
このプリント、やっぱり思ったよりも早く終わらせられそうかも知れない。どれも分かり易くて解き易い。・・・・。

「獄寺」

返事は無かったけれど、目だけでわたしを見たような気配がした。

「・・・その、ごめんね、こんなに頑張ってくれたのに、真面目にやってなくて」

何度も書き直されすぎてちょっとくしゃくしゃになったプリント用紙。問題文の周りにはくっきりと消し後が残っていた。
もう一度、獄寺のほうを見る。
半袖のシャツからすらりと伸び出た両腕が、手のひらから肘のほうまでぼんやり黒く、広範囲に色移りしていた。

「・・・別に、いい」

眉間に皺は寄ったままだけれど、確かに彼はすこし笑ってそう言った。優しい顔だった。








「よし、全部合ってるな。 お疲れさん」

「っし、・・・・おわったあーーーー!!」

すこし大袈裟にどさっと机にうつぶせたら、獄寺が「大袈裟だっつの」って苦笑いしたのが耳に届いた。ゆっくり顔を上げてみたら、獄寺は床に雑に放られていた自分のカバンをいつの間にか掴んで肩にかけていて、「さっさと帰んぞ」って無愛想な顔で言った。その顔にはもう夕陽は当たっていなくて、電球の人工的な光によって出来た影で、やや黒ずんで見えた。ふと窓の外を見ると、空はもうほぼ真っ暗になっていて、運動場の鉄棒ももうきらきらしていなかった。今、何時だろう。

「あ、筆箱入れるから、ちょっと待ってて!」

「早くしろよマジ置いてくぞ おまえホントとろい」

「うっさい」

筆箱を閉じてそれを鞄に突っ込むという他愛無い簡単な動作の筈なのに、変に急かされてしまった所為で妙に指が絡んで、おかげですごくやり辛かった。ようやく鞄の中に放っぽり入れて、体育着やその他諸々を入れてあるせいでぎゅうぎゅうに膨張しきったカバンを、無理矢理にチャックを端まで引っ張って押し込んで閉める頃には、もう獄寺は教室の何処にもいなくなっていた。ま、待っててって、言った、のに。あいつめ!どれだけ気が短いんだ
鞄の紐を右肩に引っ掛けて急いで出入り口に走った。床に落ちていたらしい、誰かの忘れられたシャープペンに転びそうになる。長時間椅子に座ってたせいか、スカートの、内側にある黒い薄い布が、ふしぜんにべったり太腿やお尻に張り付いて気持ち悪く、背負った鞄が肩甲骨にばしばし当たってちょっと痛かった。黒板の横の電球のスイッチを忘れずに切って室内を真っ暗にして、建てつけがわるいせいで必要以上に重たい出入り口のドアを、力いっぱい左にスライドして教室を出た、

ら。


「わっ」
「へ 、おあぎゃあ!!?」

出入り口の扉の真ん前に、獄寺は立っていた。
多分、わたしを驚かす、ために。 御丁寧に、「わっ」という煽り台詞付きで。
そしてやっぱりそれを証拠づけるかみたいに、目の前のこいつは一瞬ぽかんと目をまんまるにしたあと、腹を抱えて笑い出した。予想以上に驚いたわたしの反応がツボに嵌ったらしい。
「おっまえ、驚きすぎ!」珍しいくらいに楽しそうだ。おあぎゃあって!おあぎゃってなんだよ!と、何度も何度も繰り返し言いながら爆笑している。本当、失礼なやつだなこのひと・・・!静かな廊下中に、わたしの絶叫がすごくよく響いて、流石にちょっとはずかしかった。出来れば誰も聴いていないといいんだけどな、いまの。(聴かれてたらまじどうしよう)(あーもういいわたしはすべてをすてる!)

「ちょ、何でそんなところに突っ立ってんの!おかげさまで今一瞬完全に心臓が止まったんだけど!」
「待ってろって言ったのお前だろ つか完全に心臓止まるとかそれ普通にやべえんじゃね」
「言ったけどこんな待ちかたしてなんて頼んでないー! そして私の心臓は無敵です」
「そーかよ そりゃあすげーな尊敬しねえとなうわーすげーー」

まだけらけら笑って棒読みのおかしな憎まれ口を叩きながら、マイルドセブンとかいうらしいよく知らない銘柄の、まだ長いままのタバコをふかす獄寺に(つーかまだ校内なのに喫煙て・・・)何だかちょっとむっとしたわたしは、だまって獄寺の横を通り過ぎる。「あ、おい」早歩きで歩き出すと、すこしして後ろから同じくらいのスピードで歩いてくる足音が聞こえて、すぐに横に並んだ。閉め忘れたらしい廊下の古びた窓から、冷たくて涼しい夜風が吹き込んでわたしたちの髪を撫ぜて、隣の銀髪が綺麗に揺れた。

そんな、



「ところで、数学と英語と理科のプリント、再来週提出だったよね」
「ああ、そういえばな  、あれ早く終わらせて出しとかねーと、今度の通知表がまた更に見れないもんになんぞ」
「大丈夫、絶対終わるよ!だってわたしには獄寺隼人先生という強力な味方がいるからねっ答え写すのよろしく!」
「たまには自力で終わらせろよこの他力本願の代名詞め」
「いいじゃん堅いこと言わないでよ でもそんなこと言っててもちゃんと手伝ってくれる獄寺先生が大好きー!」
「・・・・・お前な・・・」





(私も誰かに勉強教わりたい(・・・) (070808)